サルトル × 自由(曲解パロディ)
【曲解パロディ】選ばなくていい自由は存在しない、
とサルトルは言った
「人間は自由の刑に処されている」
フランスの哲学者、ジャン=ポール・サルトルの言葉だ。
今夜だけ、これをすこし意地悪に読んでみてほしい。
サルトルを正しく理解することより、
金曜日の夜を豊かにすることのほうが、今は大事だから。
「刑」って、そんなに悪いものだろうか
「刑に処される」というと、どうしても暗いイメージがある。 牢獄、手錠、選択の余地なし——。
でも考えてみてほしい。 あなたは今日、何を食べるかを選んだ。 どの道を帰るかを選んだ。 このページを読むかどうかを、選んだ。
サルトルが言いたかったのは、こういうことだ。 人間は「選ばない」という選択肢がない。 何もしないことも、ひとつの選択だ。 だから、逃げ場がない。
「人間は自由の刑に処されている」
これを「刑」と呼んだのは、半分は本気で、半分は嘆息だったと思う。 でも今夜は、その嘆息を逆手に取ってみよう。
曲解タイム(ここからが本番)
では、今日は少し意地悪に読んでみよう。
※ サルトル本人はこういう意味で言っていません。
どうだろう。 罰を受けているなら、しっかり受けなければならない。 自由という刑を科されているなら、 自由を行使することはもはや「義務」ではないか。
本日の判決一覧
今夜、好きなものを買って帰ることは、
自由の刑を誠実に執行することである。
週末に誰にも連絡せずダラダラすることは、
刑期を真摯に全うすることである。
一週間がんばった自分にごほうびを与えることは、
哲学的に見て、まったく正当な行為である。
サルトルも、きっと怒らない。(たぶん)
でも、本当のことも少し言っておく
曲解は楽しいけれど、サルトルが本当に言いたかったことも せっかくなので押さえておこう。
サルトルの「自由の刑」は、こういう意味だ。 神も、運命も、社会も、 あなたの人生を決めることはできない。 だからすべての選択の責任は、あなた自身にある。
これは重い。「誰かのせい」にできないということだから。
でも裏を返せば——
あなたの人生をつまらなくする権限も、
あなたの金曜日を台無しにする権限も、
本当の意味では、誰も持っていない。
上司に怒られた今日も、 締め切りに追われた今週も、 帰り道に何を買うかを決めるのは、 ずっとあなただった。
今夜の選択が、あなたをつくる
自由という刑は、重い。 選ぶたびに責任が生まれるから。
でもだからこそ、今夜の選択を大切にしてほしい。 誰に許可を求めることもなく、 「今日はこれにしよう」と決めるその瞬間が、 あなたが刑を誠実に生きている証拠だ。
「存在は本質に先立つ」
——あなたが何者かは、あなたが選び続けることで決まる。
これはもう曲解じゃない。サルトルが本当に言いたかったことだ。
今夜の選択が、あなたをつくる。
あなたは今夜も、自由の刑を執行しなければならない。
ケーキでも、映画でも、ぬるいお風呂でもいい。
それはサボりではなく、
実存的決断の履行である。
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最後まで読んでくれてありがとうございます。
今夜の刑、しっかり執行してください。
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